某ラーメン評論家の炎上を受けて考えていたこと

2021年10月3日グルメラーメン,ネットリテラシー,SNS,報道機関

食品にはもちろん、関係者にも敬意を払うことが第一だと思います。

この記事では、いわゆる「炎上」案件を取り扱っております。そのため、読後感もあまりよろしいものではないことが予想されます。胸糞悪いと感じたら、すぐに引き返してくださっても構いません。

【承前】事態の経緯について

既に以下のページなどにおいて詳しい説明がなされていますので、私の方から解説を加えるのは控えることとします。

なお、今回炎上しているラーメン評論家 1) の方は、今年(2021年)1月上旬にも「炎上」を経験しています。

所感

ラーメンは「評論家のための集客ツール」ではない

ラーメン屋は、評論家やジャーナリストのためだけに店を開けているのではありませんし、ましてや彼ら専用の集客ツールを作っているのでもありません。主な目的は、お客さんの方々に美味しい料理を提供し、実際に食べてもらうためであるに過ぎません。店員の意向も自慢の商品のことも軽視され、自身の金儲け(もしくはフォロワー稼ぎ)のためだけに利用されるということほど、失礼と言う他はないでしょう。

もっとも、評論家の方にも色々な事情があったのでしょうけれども、それを言うならば店の関係者にとっても同じではありませんか。店の方が指示を出してくるのは主として全体の秩序を維持するためですので、指示に従えないままの人が出禁を食らうのは当たり前と言って良いでしょう。その後いくら釈明を述べたところで、正当性がなければ更なる顰蹙を買うだけとなります(しかも、今回問題となっている釈明には謝罪の意思が一切含まれておらず、その点でもイメージダウンは免れません)。

特に、評論家やジャーナリストと言った職業は、取材対象となる事物なくしては成り立ちません。何もないところからひとりでにラーメンが生まれてくるわけはありませんよね。そのため、常日頃から支えてくださっている方々についても、本来であれば感謝の意を繰り返し表明し続けなければいけない立場だと思います。卑屈になりすぎるのはよくありませんが、関係者の方々を重んじた言動をとるのは最優先事項です。

今回「炎上」をした方は、ラーメン評論界の中では結構な有力者らしく、グルメイベントに自身の名前が使われていたり、有名なメディアでも連載を抱えていたりもしていたようです(「炎上」を受けて、既に掲載停止などの措置も起こっているようですが 2))。しかし、そのような立場になったのは第一に数あるラーメンおよびラーメン店のおかげであって、自分の努力のみによって成し遂げられたというわけではありません。そこを勘違いし続けて「店を取り上げて欲しければ私の言うことに従え」などという主客転倒な態度を取ってばかりいたからこそ、「炎上」沙汰に発展したのだと思います。

評論家として必要な姿勢

究極的には、評論家や広報メディアなど存在しなくても、ラーメン屋は営業をし続けることができます。しかも、出版社やマスコミなどからの取材が貴重な宣伝の機会であった時代ならともかく、SNSの発達している昨今においては、リアルな評判だけならば良くも悪くも広まりやすく、来店客数にもかなりの影響を及ぼしています。そのことにより、提灯記事やネガキャン記事を書いたところでは簡単に信用されなくなってきていると考えて良いでしょう。

だからこそ、もしジャーナリストを名乗るのであれば、単に表面的な記述に終始してほしくないと思っています。そんなことくらいなら私にだってできます。そうではなく、自身の経験や知識も混ぜつつ、読者を存分に引きつけて、対象の事物に興味を湧かせてくれる、そんな記事を書いてくださることが理想です。

要するに、取材だけでなく勉強も続けていかないと、本来ジャーナリストなんて恥ずかしくて名乗っていられないと思うんですね。3) 誰だって無知の素人からの取材など受けたくないでしょうし、勉強不足のために理解不足が生じたりコミュニケーションが成立しなくなったりしては、そもそも仕事になりません。

このように、ジャーナリスト等にある程度の力量を求めているのは、「ど素人の意見」がインターネット上に溢れている今だからこそです。「この人の書いたものであれば安心して読める」と言うような立場を確立しない限り、評論・レビューだけでご飯を食べていくのは、今後ますます厳しくなるものと思います。

先行事例(別ジャンル)

今回の事例を見てまず連想したのが、京都祇園における「撮影禁止」騒動です。

ジャンルも時期も異なってはいますが、結果として関係者の方々の意向を蔑ろにした行動が目立ってしまったこと、そして実際に関係者がひどく迷惑がっていたという事実がある点においては、ひどく類似していると思います。関係者(今回の場合はラーメン屋の店長や従業員など)がどう感じているかを考慮せずに、自分のやりたいことだけをとにかくやり遂げようとするなどということは、本来ならば絶対にあってはいけないことです。

インスタへの投稿だけを目的に食べ物を注文し大量に食べ残しを発生させたり、「撮り鉄」による不法侵入および乗員乗客への迷惑行為などが問題にされたりするのも、問題としては似たようなものではありますね。

最後に

たとえ、どんなに有名になって影響力が大きくなっても、自身の属する業界に関わっている方々への謝意だけは、ずっと失わないようにしたいものですね。今回はたまたま「評論家」が燃えておりましたけれども、どんな立場であろうと、そういった基本は変わらないと思っています。

以前放送されていた料理番組のエンディングよろしく、「街の巨匠」に感謝し続けられる人間でありたいものです。

脚注

脚注
1 本人曰く「フードジャーナリスト」とのことですが、本記事においては肩書きにこだわるのはあまり意味がありません。
2 【一例】はんつ遠藤氏騒動、岐阜タカシマヤも対応 起用イベントから名前削除…広報「事実確認中」: J-CAST ニュース
3 この場合の「勉強」は、食そのものはもちろん、社会的な一般常識など「人として生きてゆく上で必要な分野」も含まれます。

Posted by Y. INABA