「もぐもぐカービィ」作者の「炎上」を踏まえて、「二次創作」のあるべき姿について考える

2019年8月18日趣味・娯楽星のカービィ,Twitter,ネットリテラシー,SNS,創作,二次創作

この記事では、「もぐもぐカービィ」の炎上事案から「二次創作」の今後について考えてみたものである。

なお、炎上事案そのものは深く掘り下げないので、その手の記事をお探しの方は即刻タブ(もしくはウインドウ)を閉じてくださって結構。

 

「炎上」の要点

色々な情報が出回っているが、おおよそ以下のように集約される。

  • 問題となった動画で「公式作品で利用された音声」を使用し、公式作品と勘違いする要素を加えたこと
  • 同じ動画で、グッズや同人誌などの宣伝文を混ぜ込んだこと
  • 作者とされる方からの声明で、「二次創作そのものが悪だ」などと突っぱね、ミスリードを与えたこと

作者からの「声明漫画」は以下のまとめ(Togetter)で公開されている。

 

「二次創作は悪」は半分正しく、半分間違っている

まず大前提を申し上げる。「二次創作」というものは、権利者側から訴えられればまず敗訴する類のものである、という事実は誰もが認識しておくべきことだ。言い方を変えれば、権利者が「止めろ」と言えば、言われた側はそれに従わなければならない、というものである。

ただし、権利者側が何も言ってこなければ、著作権法上の罪は成立しない(これを俗に「親告罪」と呼ぶ)。こういう点で、「二次創作に携わる方はお目溢しをしてもらっている」という表現がよく使われる。第三者が良いだの悪いだの騒ぎ立てたところで、権利者が無言のままであるのであれば、これはもう騒ぐだけ無駄というものである。

だから、「もぐもぐカービィ」の作者が暗に主張している「二次創作は悪」という意見は、半分正しくて、半分間違っていると言って良い。「当たらずとも遠からず」とでも言い換えるべきか。確かに法的観点からすれば「悪い」ことではあるのだが、権利者が「悪い」と言わなければ、実際に「悪い」ということにはならないからだ。

もっとも、この意見については、言い方やタイミングが明らかに誤っていたという点で、火に油を注ぐこととなってしまった。そこはもう、擁護のしようがない。

 

「二次創作」への価値観はここ10年で大きく変わった

ところで、以前(10年以上前)は「二次創作」は、どこかのサイトに引きこもり「隠れて行う」のが当たり前だった。数々の個人サイトに思い思いの作品が載せられていて、ひっそりと交流が行われていた時代でもあり、「検索避け」や「パスワード設定」など、凝ったことをするところも少なくなかった。そして、「このサイトは個人によるものであり、権利者各位とは一切関係ありません」というお決まりのフレーズも添えられていた。

しかし、PixivやTwitterといったSNSが台頭したことにより、「二次創作」あるいは「同人」という文化そのものが広く知れ渡ることになってしまった。それと同時に、自分の「二次創作」でどれだけ注目されるかに力点を置く人も目立つようになってきた(特に「同人ゴロ」と呼ばれている人たち)。つまり、「二次創作」が自分の名を売るためのツールとして機能しだしたのである。そこには、権利者を立てる部分など、微塵もない。

そのため、古くから「二次創作」に携わってきた方々にとってみれば、上の状況はとんでもない話のように感じる。「権利者へのリスペクトが欠けてきている」という認識を持ち出すのも、無理のないことだ。また、売名のためならどんなことでもやってのけようとする人たちと付き合うのは、疲労を感じることこの上ない話である。

この時期から違和感を抱き、上の記事にあるように「同人」(特に「二次創作」)から手を引いた人たちの感覚は、過去を知っている身からすれば、おそらく正当なものであろう。今の同人界隈が間違っているとは言わないが、つい10年前とは姿かたちが激変してしまっているというのは、認めなければならない。

 

問題の一つは「非公式」の方からアプローチしすぎていること

最近、本当に「同人誌」や自分の作品の宣伝行為が一部SNSで目立つようになってきている。これは「もぐもぐカービィ」に限った話ではなく、一次、二次を問わず多くの同人作家が行っていることだ。

「作品をできるだけ多くの人に見てもらいたい」という気持ちは分かる。私もそうだからである。

しかし、だからと言って、何度も何度も宣伝を行ったり、感想をいただくのに執着しているかのような言葉をもらしたり、あげくの果てには公式のように見せかけたりするなど、おおよそ「非公式」の人がやることとは思えない行為が続発している。自分の作品が「公式」である一次ならともかく、背後に権利者がいるはずの「二次」で、自分の背中の後ろにあるものを認識できていないと思われる言動があまりにも目につくのだ。

もちろん、「権利者の方が偉い」ということを言いたいのではない。「権利者への配慮、敬意すら考えていない二次同人者(作り手、受け手ともに)があまりにも多くなった」と言いたいのである。自分たちの作品が多くの人たちに受ければ、それだけで彼らは満足してしまう。

 

今こそ「二次創作」の原義に立ち返るべき

権利者の「黙認」、そして原作があってこそ、「二次創作」というものは初めて成り立つ。こういった前提を、騒動が起こった今だからこそ再認識すべきではないか。そして、この重要性については、繰り返し啓蒙を続けてゆくのが良いだろう。

もちろん、「個人サイトでコソコソやってた頃に戻れ」とは言わないし、おそらく叶わない。だが、「二次創作」はいつ止められてもおかしくない、というくらいの心積りはしておくべきだろう。それが大手SNSなどの公開の場であれば、さらに止められるリスクは大きくなる。

逆に、権利者がダメとも何とも言っていないのに、必要以上に騒ぎ立てる人たちの存在も問題だ。彼らの言うことをスルーできるくらいの余裕は持ちたいものである。

もっとも、こういう人々は昔から何処にでも一定数いるもので、彼らに見つかりたくはないという意味では、もはやクローズドな場所でやる方が良いのではないか、と思いたくもなるのだが……。

 

最後に、私情を少し

私自身、ポケモンの二次創作小説を書いていた身でありながら(現在は再開を模索中)、5年以上前からTwitterに身を寄せていたので、感覚が麻痺していたところはある。とは言え、本当ならば、上述の問題点はもっと前に指摘しておかなければならなかったことだし、気づかなかった自分が恥ずかしい。心から反省すべきことだと思う。

ただ、今度「二次創作」にかかわる活動を再開するとしても、当サイトで公開するなどということはまずやらない。PixivやTwitterでの公開なんて、以ての外だ。どこか別のスペースを借りて、そこでひっそりとやってゆく、という形を取ることになる。

今後、そんな私のような方がちらほら見受けられるかもしれない。けれども、もし仮に見つけたとしても、そっとしておいてやってほしい。彼らはあくまで自分の楽しみのために「二次創作」をやろうとしているのである。

Posted by 稲葉 大和